映画『広河隆一 人間の戦場』を観てきました。「人間の戦場」をなくしていくには?

映画『広河隆一 人間の戦場』(長谷川三郎監督)を高松のホール・ソレイユで観てきました。

ずっしりと、心を揺さぶられる映画を観たあとすぐは、何も書けなくなります。いつもブログに書いているような呑気なことを書いている場合か・・と思えてきます。自分は何をしていくべきだろうか、と改めて考えさせられます。

広河さんは、人間の尊厳が奪われているような場所を「人間の戦場」と呼ばれています。

世の中、知れば知るほど「人間の戦場」だらけです。映画では、それこそ人間の大きな戦場がいくつも取り上げられていますが、このブログを読まれている方は(ぼくも含めて)、人間の小さな戦場や、一見平和に見えて実は隠された戦場、というような場所で暮らしている方が多いのではないかと思います。

この「人間の戦場」を、どうやって平和な場所にしていくか。

以前の記事でも引用しましたが、広河さんは映画のなかでこう語っています。

ジャーナリストである前に、自分が何かというと人間だと。だから、それがはっきりしていたら、目の前で溺れている人間がいたら、手を出して、カメラを置いてでも助けるのは当たり前の話なんですよ。




予告編ではこのお話はここで切れていますが、本編でこの続きが聞けてよかったです。

上手く再現できませんが、自分の立場や利害関係で仕事をするのではなく、人間として何をするか。幸せで健康に生きる、という人間の権利を守りたい、という想いが根本にあり、そのための仕事。だから、広河さんの仕事は「ジャーナリスト」の域を超えていると言われるけれど、結局は同じ目的のための仕事なのだと。そういうようなお話をされていました。

「人間の戦場」をなくし、幸せで健康に生きられる人間を増やしていくためには、一人ひとりが、立場や利害関係に縛られず、人間として何をするか、という基準をもとに生きていくこと・・・広河さんが体現されているように、そのような生き方をする人が増えていくことが重要だと思います。誰もがいきなりそういうふうに生きていくのは難しいかもしれませんが。

今の政権は、特定秘密保護法を施行したり、自分たちに都合のわるいことは口封じしてメディア規制を行ったり、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行って自衛隊が大義なき戦争に参加できるようにしたりと、人間の尊厳を奪い、「人間の戦場」を増やしていっているようにしか見えませんが、それに対抗していくには、立場や利害関係の囚われから解き放たれて、一人一人が、人間としての尊厳を取り戻していくことだと思います。

日本では今のところ、個人が何を主張しようと、いきなり処刑されるようなことはまずありませんし、インターネットでいろんな情報にアクセスして何が本当かを知ることもできますし、基本的には職業の自由もあります。

ぼくのように比較的ゆるやかな「人間の戦場」にいる人間こそ、もっと勇気を出して生きていくべきだと思いました。