2016/03/08

東松島市に開校する宮野森小学校。木造建築を巡り、癒着した政治家との激しいバトルがあったらしい。

「The Japan Times」オンライン版に掲載された、作家であり環境活動家であるC. W. ニコルさんの記事が興味深かったのでご紹介します。

Our new school's on song despite cabals | The Japan Times






ニコルさんは、長野県黒姫にある40年以上放置された「幽霊森」と呼ばれていた人口林を、1986年から手入れを行って再生してこられました。その結果、この森には多くの生き物たちが帰ってきたそうです(鳥は93種類以上、昆虫は1000種類以上)。

東日本大震災の後、ニコルさんは、被災者らをこの「アファンの森」に招き、2泊3日のプログラムを開催しました。2011年8月に、宮城県東松島市から最初の参加者が訪れ、その最終日、一部の参加者たちから、東松島市の小学校の移設計画に協力してほしいと依頼を受けたそうです(東松島市では、宮戸小学校と野蒜小学校を統合し、津波の心配のない高台に宮野森小学校を開校する予定)。

以来、過去4年にわたり、ニコルさんとスタッフらは毎月現地を訪れて森の手入れを行い、林道やツリーハウス、展望台などをつくってきたそうです。

校舎に関し、ニコルさんには一つ条件がありました。ニコルさんには、これ以上、日本に「鉄筋コンクリートの箱」を増やしたくない、という想いがあり、小学校を建てるなら木造でなければならない、というものでした。適切に建築され管理された木造建築は、子どもたちの安全や健康にもつながる、という理由もあります。

この条件を巡り、建設業者と癒着した政治家などから大きな抵抗を受け、かなり激しい「バトル」があったそうです。「ウェールズ系日本人の年老いたクマ(old Welsh-Japanese bear)」(ニコルさんのこと)に対面するのを恐れ、癒着した政治家たちはなかなか姿を現さなかったそうですが・・。

激しいバトルの末、東松島市の市長や教育委員会、先生たち、保護者、生徒やその他大勢の支持もあって木造校舎の建設が決まったようでよかったです。

市民が結束すれば、癒着した政治家たちの言いなりにはならずに済むんだという、勇気をもらえる話でした。

新たに開校される宮野森小学校の校歌は、ニコルさんの長年の友人である歌手、加藤登紀子さんが作詞・作曲されました。今月、子どもや先生、保護者らが東松島市のコミュニティセンターに集まり、加藤登紀子さんの指導を受けながら子どもたちが一緒に歌ったそうで、その映像がニュースにもなっていました。

ニコルさんはその歌詞を英語でこう訳しています。英語で読んでも味わい深いです。

 “High, high in the blue sky/ I want to be a bird/ Drop a seed on the earth/ Some day I want to be a big tree” — the audience was already deeply moved before hearing the next one, which proclaims, “Far, far across the ocean/ I want to be a voyaging fish/ Open both hands over the ground/ Someday I want to be a flower in love” — followed by the song’s chorus: “The forest is our friend/ The sea too is our friend/ As are the birds, flowers and fish.”


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