2016/03/07

広河隆一さんの講演会「チェルノブイリと福島の今」を聞いて

DAYS JAPAN ウェブサイトより

昨日、高松の瓦町FLAGで、フォトジャーナリストの広河隆一さんによる「チェルノブイリと福島の今」と題する講演会をお聞きしてきました。主催は、NPO法人福島の子どもたち香川へおいでプロジェクト。

福島がどれくらい放射能に汚染されているのか、数値で言われてもピンとこない人にもわかりやすいように、スライドを使って、チェルノブイリ原発の周辺の町のマップと比較しながら示してくれました。広河さんが実際に現地で計測し、放射線量ごとに黄色や赤の印をつけてマッピングした地図です。

それによると、一見して福島県郡山市の放射能汚染は、「死の街」と言われたプリピャチ市の最近の汚染レベルと同程度。プリピャチ市は事故からもうだいぶ経っているのだから、と言われることもあるそうですが、もう安全だと考えて戻る人は(ほとんど)いないわけです、と広河さん。廃墟となったノヴォシペリチ村と福島市も同程度だという。

茨城県の国営ひたち海浜公園の放射能汚染を計測したところ、0.9〜1μsv(マイクロシーベルト)くらいの場所もあったとのこと。(ちなみに、福島原発事故前の東京の放射能レベルは、0.03μsv台くらいなので、この数値がいかに高いかがわかります)この公園は、芝生に寝転んだりするような場所…DAYS JAPANでそのマップを見ておそろしくなったものですが、雑誌にこれを掲載してから3カ月後に公園は封鎖されたそうです。

国が、市が、町が、施設が安全だと言っていても、そうとは限らないのはもう誰にも明らかなことです…自分の身は自分で守り、情報を伝え、周りの人やその他多くの人が的確な判断ができるように一人一人が動いていくことが重要だと思います。

東京の府中市に住んでいた頃、市が貸し出している空間放射線量測定器で、あちこち計測しました。家の周辺は0.06〜0.07μSVくらいで、大通りに出ると0.1μSVを超える場所が多かったです。焼き鳥屋の前を通ると線量が一気にあがったり(放射能に汚染された木炭を使用していたのかもしれません)、雨水がたまりやすい場所など局所的に線量が高い場所があったり、自分で実際に計ってみると分かることがいろいろありました。家の中で計ってみると、0.03μSVくらいのところが多かったのですが、台所の流しとお風呂の排水口に近いところは線量が高めでした。野菜を洗ったときの泥や、外から帰ったときの髪の毛などに放射性物質が付着していたのでしょう。

空間放射線量測定器というのは、時間当たりにフィルターのようなところを放射線が通過する回数を測定しているようで、放射線が通過したときに「ピ」と音が鳴るように設定できます。すると、「ピ、ピ、ピピ、ピピピピ」と、鳴りつづけるわけです。放射線というのは目に見えないものですが、この機械を使うと、だいたいどれくらい飛んでいるのか音で把握できます。機械に埋め込まれた小さなフィルターだけでもこれだけ「ピピピピ」いうのだから、自分の身体を毎秒どれだけ通過しているのかと想像すると、おそろしくなります。音を出していると気持ちが滅入ってくるので、オフにして測定していました。

「市の街」と呼ばれ、住民全員が避難したプリピャチ市や廃墟となったノヴォシペリチ村・・・かたや、未だに人が住みつづけている福島市や郡山市。

チェルノブイリと日本の違いの一つは、チェルノブイリでは人々が本気で怒ったことだと広河さんは話されていました。

チェルノブイリでも、放射能なんて恐がるからいけないんだ、「放射能恐怖症」だ、なんて言われたそうですが、「じゃあ、動物や幼児も病気になるのはなぜなんだ! 動物も放射能のことを知って恐がっているというのか!」などと、人々は一つひとつ反論していったそうです。チェルノブイリでは医者も本気で怒ったそうですが、日本では医師会に逆らえないほとんどの医者が沈黙。

みんなで怒るどころか、福島では放射能について話すことすらタブーになっているとよく聞きます。東京でもそんな感じでした。

福島から子どもを連れて避難されてきたお母さんたちが、子どもが寝静まったあとで広河さんとお話会をすると、お母さん方は泣き出されるというお話をされていました。福島から避難することがどれだけ大変か、そして、心を打ち明けて話もできない辛さ・・そういう想いが溢れ出すのでしょう。東京から移住するときですら、放射能が理由だとは言いづらい雰囲気があります(ぼくらはあえて言ってきましたが)。福島では、比較にならないほどの無言の圧力があるはずです。

かといって、人々が黙っていては、原子力産業の利権を維持しようとする人間たちの好き放題にされてしまいます。福島第一原発の事故の収束すら先が見えず、未だに困難な状況で暮らして人々が山のようにいる状況で、また同じような事故を繰り返す可能性のある別の原発を再稼働しようなんていうのはむちゃくちゃな話ですが、新聞やテレビばかり見ていると、もう何事もなかったかのように思わされたり、再稼働は仕方がないのだと思わされたりするように仕組まれているわけです。

体内に蓄積された放射性物質を排出するために、放射能に汚染された地域から、放射能の心配のない地域へ一時的に避難することを「保養」と呼びますが、新聞では、「保養」という言葉すらなかなか使おうとせず、広河さんは仕方なく「リラクゼーション」など他の言葉に置き換えて発信されていたそうです。

「福島をおとしめるな」と、DAYS JAPANの報道を非難する福島民友の記事にも言及されていました。

DAYS JAPAN(2015年12月号)で、「どこが収束か 事故5年目を迎える福島 原発事故が奪った村」の文字と共に、生い茂った草の中に車両が並ぶ写真(ポーランド人の写真家が撮影)を掲載したが、実際には、原発事故前から廃棄されていた車である可能性が高いことがあとから分かり、撮影場所の町名も誤っていたとのこと。DAYS JAPANはその後、紙面やウェブサイトで訂正、謝罪していますが、福島民友は「福島をおとしめるな」と題する記事でこの件を取り上げてDAYS JAPANを非難しています。

広河さんはこうコメントされています。

同誌発行人の広河隆一(72)は福島民友新聞社の取材に「『被害をことさら強調しようとした』とみられることは残念。誤りがあったのは確かで、あの場所をあらためて取材し直したい」と語った。

講演会でのお話を聞いていても、広河さんの想いはこの通りだと思います。被害をことさら強調しようとしたわけでも、福島を「おとしめよう」としたように見えません。

福島を「おとしめる」とはどういうことなのか解せないと、広河さんが福島民友に伝えたところ、DAYS JAPANの記事や企画は福島を「おとしめている」との返事があったそうで、驚きました。

この「おとしめる」というのは、福島民友の記事中に登場する伊達市梁川町の農業ベンチャー「マクタアメニティ」の幕田武広社長の言葉です。

幕田は国、東京電力に「責任を果たせ」と働き掛けていくことは必要だと感じている。一方で、県外で原発事故の被害が本来の姿から外れて強調されるケースには疑問を呈する。「原発反対を主張するのはいいが、その主張のために福島をおとしめるのは、どうなのか」

「県外で原発事故の被害が本来の姿から外れて強調されるケース」とありますが、幕田社長がDAYS JAPANを念頭において「おとしめる」という言葉を使われたかどうかすらはっきりしません。それなのに、タイトルでそのまま「おとしめる」という言葉を使って、煽り立てるような記事にするのはどうかと思います。

とにかく、メディアの報道というのは、記者や編集者や広告主や、その他の利害関係者など、いろんな人の意図が混ざり合わさって生まれているものが多いわけです。そのまま真に受けていると、メディアが与えてくる価値観や考えにどんどん流され、染まっていってしまいます。批判的に読み、よく吟味し、それをもとに一人一人が自分でも発信していくことが重要だと思います。

広河さんが、善良な人間でも、組織のなかにいるとその意向から外れたことはできなくなってしまう、というような話をされていました。

そう考えると、田舎というのは、自営業の人が多いから、自由に発言できる人が多いはずだなぁと、相方と話しながら帰りました。田舎は田舎で、地元の有力者には逆らえなかったりするのでしょうか。

ぼくは比較的、というかかなり自由にものを言える立場を貫いているので、小さな発信でも、思ったことや考えたことをどんどん書いていきたいと思います。


【関連書籍・雑誌】



チェルノブイリと福島 人々に何が起きたか(広河隆一 (著), DAYS JAPAN (編集))
※広河隆一さんの最新の写真集(2016年3月7日現在)


暴走する原発  チェルノブイリから福島へ これから起こる本当のこと(広河隆一)



DAYS JAPAN 2016年 03 月号 [雑誌]
※広河隆一さんが編集長をされている雑誌


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